ジャズ、インプロビゼーション、存在

ケルン・コンサートを聴く。
音楽はそこに『ある』ものなのだろうか。
ー芸術作品の根源ー
ハイデガーにとって芸術作品とは額縁のなかに
永遠に保存される美しい物体ではない。
ひそやかに世界を開くものだった。
作品が現れるときそれまで閉じていた世界の襞がひらき
我々はそこから別の時間を覗き込む。
キース・ジャレットの即興は
そのことが奇妙なほど馴染む。
そのことが奇妙なほど馴染む。
彼の前にはまだ存在しない音楽がある。
楽譜もなく完成された旋律もなく
これから何が生まれるのかを知る者もいない。
指が鍵盤に触れひとつの音が生まれる。
その音が次の音を呼び次の音がまた沈黙を要求する。
そうして存在しなかったはずのものが
ほんの一瞬だけ、この世界に姿を現す。
演奏することと作品をつくること
そこに境界がない。
音楽は演奏されるためにあらかじめ存在しているのではない。
しかもそれは所有することのできない存在だ。
キースが生み出した音は鳴った瞬間から消えてゆく。
次の音に追われ沈黙のなかへ溶け、
二度と同じ姿では戻ってこない。
録音はその儚い出来事を硝子瓶に
閉じ込めた標本のようなものにすぎない。
聴く者の身体を一瞬だけ通過していった
そのものではない。
世界がまだ世界になる以前の太古から
音が現れ私は存在が生まれる瞬間を求めている。
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