悉有仏性
悉有仏性
すべてのものに佛性がある。
その古めかしい言葉を、私はふと、
夜の沈黙の底で思ひ出すことがある。
たとへば鞭の軌跡が空氣を裂く一瞬の閃き、
あるひは跪く肉體の白き緊張に、
かすかな光のゆらめきを見出すときである。
*
あれは堕落ではない。
むしろ、聖性の深みに触れるための、
ひそやかな儀禮にほかならぬ。
快樂とは卑しき衝動に似て、
じつは魂を洗ふ冷たい水のやうなものだ。
その水のなかで人は己れの輪郭を失ひ、
痛みと悦びの境が溶けてゆく。
その溶解の刹那こそ佛の笑む時なのである。
*
鞭打つ者と打たれる者、
支配と服從。
その二つの極は、互ひに相反するのではなく、
ひとつの円環を描いてゐる。
呼吸が重なり、沈黙が生まれる瞬間、
ふたりの間に見えぬ燈火がともる。
光はどんな祈りよりも静かで、
どんな背徳よりも清らかだ。
*
人は、肉體を通してのみ、眞の無我に至る。
打たるる背に刻まれた紅の痕は、
まるで經文の花のやうに美しく、
疼くたびに魂の頁をめくつてゆく。
*
涙を含んだ縄の感觸にも、
沈黙の奧にひそむ息づかひにも、
私は佛の影を視る。
もしも人がその瞬間に無我を感じるならば、
それはもはや背徳ではなく、
――ひとつの祈り、
あるいは、光に似た愛の形なのである。
ーsayokoー
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