悉有仏性


 悉有仏性

すべてのものに佛性がある。
その古めかしい言葉を、私はふと、
夜の沈黙の底で思ひ出すことがある。
たとへば鞭の軌跡が空氣を裂く一瞬の閃き、
あるひは跪く肉體の白き緊張に、
かすかな光のゆらめきを見出すときである。
あれは堕落ではない。
むしろ、聖性の深みに触れるための、
ひそやかな儀禮にほかならぬ。
快樂とは卑しき衝動に似て、
じつは魂を洗ふ冷たい水のやうなものだ。
その水のなかで人は己れの輪郭を失ひ、
痛みと悦びの境が溶けてゆく。
その溶解の刹那こそ佛の笑む時なのである。
鞭打つ者と打たれる者、
支配と服從。
その二つの極は、互ひに相反するのではなく、
ひとつの円環を描いてゐる。
呼吸が重なり、沈黙が生まれる瞬間、
ふたりの間に見えぬ燈火がともる。
光はどんな祈りよりも静かで、
どんな背徳よりも清らかだ。
人は、肉體を通してのみ、眞の無我に至る。
打たるる背に刻まれた紅の痕は、
まるで經文の花のやうに美しく、
疼くたびに魂の頁をめくつてゆく。
涙を含んだ縄の感觸にも、
沈黙の奧にひそむ息づかひにも、
私は佛の影を視る。
もしも人がその瞬間に無我を感じるならば、
それはもはや背徳ではなく、
――ひとつの祈り、
あるいは、光に似た愛の形なのである。

ーsayokoー

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