望郷

云うまでもなく故郷というのは
どこかに実在する場所のことではない。
それは失われた午後の光のこと。
あるいはもう二度と開かないアルバムの中で、
指が止まったページの匂い。

人は何かを探して歩き続けるけれど、
探しているその何かは最初から名を持たない。
夕闇のベンチに座っていると風の音に混じって
名を呼ぶような声がする。
けれど振り向いてもそこには誰もいない。

――そのとき、私は少しだけ安心するのだ。

故郷とは帰るための場所ではなく、
帰れないという事実の中にしか存在しない町。
夢の底で皴々シャツの袖を握りしめながら、
誰かの名を忘れるたびにその町は少しずつ輪郭を取り戻す。

思い出は、いつも少し壊れている。
けれどその欠けた部分こそが私たちを生かしている。
だから、旅は終わらない。

――私たちはいつもまだ見ぬ故郷へ帰ろうとしている。

それが人生というもののどうしようもなく滑稽で、
どうしようもなく美しいところなのだ。

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