曖昧な世界ー言葉
それはそれは長い時間のあいだ 言葉というものは たぶん私たちの知らないところで 幾度も磨かれ削がれ あるいは余計な飾りをまとわされながら 洗練と呼んでも差し支えのない姿にまで 整えられてきたのだと思う。 けれどもその整えられたはずの言葉をしても いまここにいる隣人のことを理解していると 言い切ることができないでいる自分がいる。 理解というのはそもそも何を指すのだったか と立ち止まる間もなく 私たちは実存などという少し大仰で しかし確かに胸のあたりをざわつかせる不安を 見なかったことにするためなのか それとも撫でつけるためなのか ただ打ち消すかのように あるいは打ち消せると信じるふりをするために 言葉を重ねてゆく。 重ねるというよりは 薄い紙片を幾枚も置いていくように。 それらの言葉が 数学の定理のように どこまでも揺るぎない世界を 寸分の狂いもなく紡ぎ出すことは おそらくない。 ないと分かっていながら それでもなお 言葉は私とあなたのあいだに あるいは心身の境目のはっきりしないあたりに いつのまにか滲みていく。 それは劇的にではなく唯々ゆるやかに。 いつ始まったのか 気づけばあたりを包んでいる夜の帳のように。

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