技巧ーほの暗い美学




技巧とはその美を記録する方法の名である。
『美の本体』 -岸田劉生-


サディスティックな行為が技巧であるかどうか──
その答えはともすれば安易な答えになるかもしれず
注意が必要かもしれない。

衝動という名の粗野な快楽を
精妙なかたちへと錬成しようとする欲望が
そこには必ず潜んでいる。

人はしばしば他者への支配を単なる暴力から
遠ざけより様式化された儀式へと
引き上げようとする。

そのとき残酷は日常の影から離れ

どこか仄暗い装飾をまとった
ひとつの美学となる。
いわば肉体という器官に触れながら
精神の迷宮を確かめようとする試みである。

したがってサディスティックな行為は
衝動であると同時に
その衝動をどれほど見事に“演出”できるかという
ある種の技芸でもあるのだろう。

愛でも憎しみでもない
もっと古代的でもっと無名の力──
その力をどこまで様式化しうるかという
人間固有の奇妙な遊戯である。



photo:ayaka


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