冬ざれや百度剥けどもベルメィル*性を愉しむとは衝動に身を委ねることではなく忘れられた感情の層を古びた書簡を解くやうにそつと撫で起こす行爲なのだ。時間は急がず皺の刻まれた肉慾の表面を確かめるやうに指先が巡り行く。
それは日常の光からわづかに逸脫した場所にひそやかに拓かれる過剩なほどに贅澤できはめて私的な時間の領土である。
氣紛れな遊戲などではない。むしろ呼吸よりも深く生を持續させるために密かに蓄へられる內省的な糧なのだ。
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