夜の可能性

僕は夜に生きている
朝であれ、昼であれ、夕暮れであれ、
僕の内側にはいつも夜がある
夜は時刻ではない
ひとつの場所であり、
ひとつの気配であり
ひとつの気配であり
僕自身のなかにひそむ静かな領域だ
そこには未だ名前を持たないものがある
遠い記憶のようでありながら
記憶として辿ることのできないもの
いつからそこにあるのかも
なぜそこにあるのかも分からない
ふとした瞬間にその気配が濃くなり
僕はそれに翻弄される。
闇の底に手を差し入れてみても
触れるのは輪郭のないものばかりだ
抗おうとすればするほど深く沈み、
忘れようとすれば
忘却の底から静かに姿を現す
だから僕は、夜を歩く
街を歩き
写真に彷徨い
頁を捲り
音楽に沈む
ひとつの絵の前に立ち、
しばらく動かずにいることもある
美しいものを探している
夜の片隅にひそむもの
誰も見ていない花
引きずるような嬌声
引きずるような嬌声
雨に濡れた舗道に滲む灯り
痛々しい疵
痛々しい疵
古い写真のなかの時間
人のいない部屋に残された椅子
柔らかい白い乳房
柔らかい白い乳房
ふとした横顔に宿る
言葉にならない翳り
言葉にならない翳り
夜に生きる者は
闇を見つめているのではない
闇にある一点の光を見つめているのだ、と
それは希望と呼ぶにはあまりに小さい
救いと呼ぶにはあまりに遠い
けれど確かにそこにある
僕はその一点を見続けている
近づくことができなくてもよい
手にすることができなくてもいい
唯々消えないでいてくれればいい
夜は閉ざされた場所ではない
夜の向こうには知られざる
なにかが存在する
まだ見たことのない風景
まだ出会っていない美しいもの
まだ言葉にならない感情
未だ僕自身にも知られていない
僕の倫理と罪
僕はそれを探している
その光が何であるのか
分からなさこそが僕を歩かせている
美しいものを探して夜を彷徨う
遠くに見える一点の光を見つめ続ける
それが僕にとっての――
夜の可能性なのだ
*
あしびきの山鳥の尾の
しだり尾のながながし夜を
ひとりかも寝む
―柿本人麻呂ー
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