境界線ーレッスンの情景

喧噪を知らない閉ざされた部屋で
その柔らかな身体に触れるとき、
不思議な距離感に心が戸惑う。
異性愛において欲望する者と欲望される者は
その柔らかな身体に触れるとき、
不思議な距離感に心が戸惑う。
異性愛において欲望する者と欲望される者は
完全には一つにならない。
愛や性愛が成立するためには
そこに「他者」がいなければならない。
自分とは異なる身体、
自分の意志では動かすことのできない精神、
手の届かない場所に残された何か。
その隔たりこそが欲望を生みつづける。
バタイユの境界 ― サディズムの接近
他者を支配する欲望としての存在。
完全に従属してしまえば
欲望する相手としての「他者性」が消える。
快楽を共有しながらも他者性を求める。
他者との合体とその拒絶。
矛盾を幾度も反復するのだ。
サディズムの欲望は
柔らかな皮膚を通した境界に成立している。
マゾヒズムの境界 ― 同一性の揺らぎ
所有されたい欲望と所有され得ない主体、
行為する他者との境界が曖昧になる。
他者とともに自己を苛む歓びである。
その曖昧さに異なる自己の輪郭を知ることになる。
感情は躊躇、溺愛、安楽の
カオスなる波に満たされてゆく.
カオスなる波に満たされてゆく.
サディズム/マゾヒズムにおいて
美しいのは境界の破壊ではない。
美しいのは境界の破壊ではない。
境界があることを知りながら
その向こう側へ静かに手を
伸ばしつづけることなのかもしれない。
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